君を想うだけで…。203

琴音は孝一に呼ばれて待ち合わせた店へ向かった。

孝一は店から少し離れた木陰の下でなにやら熱心に読んでいるようだった。

「孝一さん、おまたせ。」

孝一は琴音の母方の従弟にあたり、偶然転勤先の病院で再会したのだった。

昔から利発で学校の成績もよく、知的な雰囲気を漂わせ、琴音も密かに憧れていた時期があった。

「大好きなお兄ちゃん」的な存在だった。

「・・何読んでるの?」

「え?ああ、ごめん気付かなかった。(笑)なにちょっとしたミステリーだよ。ああ腹減った。」

孝一は本を閉じて爽やかな笑顔を見せた。

「孝一さんでも腹減ったなんて言うのね。」

「言うさ。・・・琴ちゃん、風呂でも入ってきたの?いい匂いがする。・・・・ふうん。

「なに?」

琴音は孝一にじっと見つめられてドキンとした。

「・・いや。入ろうか





「御予約の佐藤様ですね。こちらへどうぞ。」

「…ランチなのに予約したの?」

「琴ちゃんと食事するのに混み合った店で落ち着かないのは嫌なんだ。

孝一はにっこりほほ笑むとボーイに案内されて、奥の個室へ向かった。

「ここ…個室なんてあるのね、知らなかったわ…でも素敵

孝一が選んだレストランはグルメ雑誌でもよく紹介されている小じゃれた店で、いつも若者でにぎわっていたが、奥の個室はとても落ち着いた雰囲気で予約でのみ利用することができた。

「女性を誘うときはいつもこうなの?…孝一さんの彼女は幸せね。」

琴音が感心しながら顔をほころばせた。

「…そんなにモテないよ。いつもは病院の食堂ですませてるし、自分のマンションと病院の往復の毎日で恋愛する暇もないさ。そんなボクでよかったら、琴ちゃん彼女になってくれる?(笑)」

「…そんな気全然ないくせに。ドクターの中で一番素敵だって評判よ。ナースたちの態度見てたらわかるでしょ?」

「からかうなよ。」

「ふふ




注文したランチが運ばれてくるといつものように他愛ない話をしながら食事を楽しんでいたが 食後のコーヒーを飲み、ひと心地つくと孝一は急に真剣な表情になっていた。

「・・・ねぇ、琴ちゃん。……西野優子さんて知ってる?」

「にしのゆうこさん?・・・いいえ、知らないわ。」

琴音はその名前に聞き覚えがあるような気がしたが思い出せなかった。

「そう。・・・じゃあ・・・・モニカという名だったら?」

琴音はその名を聞いて持っていたカップを危うく落としそうになった。

手は震えてカップがカチャカチャ音を立てていた。

「知ってるんだね。」

「・・・モニカさんがどうかしたの?どうして孝一さんが彼女を知ってるの?私に話があるってなに?」

「彼女、いまこっちに戻ってきてるんだ。……病気なんだよ。」

え!病気って…どこが悪いの?孝一さん、私に何が言いたいの……。」

琴音は事情がまるで判らなかった。

「君の協力が必要なんだよ。ボクも叔母から連絡を貰って初めて知ったんだけど……あまり時間がないんだ。」

琴音の顔色が変わった。





「…… …… …… 」




淡々と話す孝一の声をぼんやりと遠くに感じて、琴音は自分が宙に浮いているような感じさえしていた。



そのうち、何も聞こえなくなった。








「……琴ちゃん……・琴ちゃん?」




「…え……。」




「…大丈夫?ひとりで帰れる?…送ろうか?」

気がつくと店の外に佇んでいた。心配そうな孝一の視線に我に返った琴音だった。

「いえ…ひとりで帰れます。それに…今日は大切な用があるの。孝一さん……少し……時間をください。」

琴音は青い顔でそれだけ言うのがやっとだった。

「判った。…じゃまた病院でね。」

琴音は孝一と別れた後、街の中をひとりあてもなく彷徨っていた。

気持ちの整理がつかなくてどうしていいか判らなかった。





……皇一さん 私どうしたら……。





「…琴音さん?」



夜になり、いつの間に来ていたのか舞雪が横にいてキッチンに並んで料理をしていた。

ぼんやりしている琴音に舞雪が気付いて声をかけてきた。

「え?あ、ごめんね。なに?」

「いえ、これはどうするのかなって思って・・・。」

舞雪は剥いたジャガイモの種を取りながら心配そうに琴音の顔を見つめていた。

「そうね、それは・・・。」

そう言いながらも ときおり思いつめた表情の琴音に舞雪は不安を感じながらも聞けないでいた。


・・・琴音さん どうしたの?



「うまそ~!いただきまーす!

食事の支度ができると帝が開口1番、嬉しそうにほおばった。

「うまい!はぁ・・・幸せ

「お前、そんなにあせんなよ(笑)うん!うまーい!!!!」

皇帝コンビが楽しそうに話しながら食べるそばで、琴音は心ここにあらずでそんな様子を舞雪も黙って見つめているしかなかった。

「・・・ん?なんやさっきから琴音さんも舞雪も静かやな、しゃべられへんくらい腹へってんの?」

ふたりに気付いた帝が声をかけてきた。

「え・・・・そうなの、もうペコペコで。作っているうちに疲れちゃうくらい、いただきます。・・・うん、いい出来

琴音がハッとしてあわてて一口食べて笑顔を見せた。

「舞雪ちゃんは?まだ胃の調子はよくないの?」

皇一も黙っている舞雪を見た。

帝もそんな舞雪が気になっていた。

「あ、はい。・・・いえ もうだいぶいいです。いただきます……おいしい。」

一口食べてかみ締める様子に皇一も帝もホッとしたが、なんとなくいつもよりノリの悪いふたりを気にしながらも久しぶりの4人で過ごす時間が嬉しかった。



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